APU・出口治明学長 起業部を創設、「世界を変える人」を育てる
2大分県別府市のAPU(立命館アジア太平洋大学)。学生の半分を海外からの留学生が占める。実践知の獲得を目指し、学生の起業を支援している。
大分県別府市のAPU(立命館アジア太平洋大学)は、全学生約6000人のうち、実に約3000人が海外からの留学生で占められている。さらに、日本人学生のうちおよそ3分の2は九州以外の全国各地から集まるというダイバーシティあふれるキャンパスだ。
ネット専業の生命保険会社を還暦で開業した経験を持つ出口治明氏が学長に就任したのは2018年1月。就任以来、企業家・起業家マインドを発揮して実践型の起業プロジェクトや産学官連携プロジェクトを連発、地域振興の推進役となっている。
APU起業部がバックアップ
学生がビジネスを立ち上げる
APUの起業推進プロジェクトを大きく前進させることになったのが、出口学長就任半年後の2018年7月に発足した「APU起業部」(通称出口塾)。
出口学長は「APUはシリコンバレーのように『起業したい』という熱い思いを持った学生が多い。彼・彼女らは、よく学長室のドアを開けて入ってくる。そんな学生を応援したいという気持ちで始めました」という。
「APU起業部」は自らがベンチャー企業の起業家であった出口学長自身がリーダーを務めるスタートアッププログラム。「シリコンバレーで多様な国・地域の人々が集まり、多くのイノベーションが生まれてきたように、92カ国・地域の学生が学ぶAPUで、将来起業家・社会起業家を目指す学生たちを世界に送り出すための実践的な課外プログラム」としてスタート。全学生を対象に募集した31組が1年間にわたる活動を行い、最大5社の起業をプログラムの目標とした。
あわせて、起業家を目指す学生たちの支援、そしてAPUと地域との交流促進をバックアップするためのクラウドファンディングに挑戦。「APU起業部」と、APUの日本語教員たちが実施する「『共生』できるまちづくり!国際学生と地域の交流プログラム」のクラウドファンディングを実施したところ、いずれも目標をオーバーする374万4000円(APU起業部)、205万5000円(交流プログラム)の支援金を得た。
「APU起業部」からは、既に何人かの起業家が誕生している。「塾生だったバングラディシュの留学生で大学院経営管理科のサダトさんは、日本人学生2人とチームを組んで、パスケース、ペンケースなどの革製品を商品化。学内の売店やネット通販で販売しています」。
同じバングラディシュ出身で卒業生のレザー・イフタカーさんは「APU起業部」で得た経営の知識とノウハウを生かし、地元別府市で配達サービスの会社を設立。さらに、APUのPRビデオを制作した留学生も、卒業後、別府市で映像制作会社を起業した。人口当たりの留学生比率が全国2位(2019年)という大分県が、外国人の起業を促すため、国へ制度改革を働きかけたこともAPU留学生の起業意欲を後押ししている。
地元企業と提携し
ハラール商品を開発
出口学長は「ベンチャーやNPOを支援するとともに、地域と共に歩む民間企業に貢献するために、産学官の連携にも力を入れてきました。その1つとして、地元のフンドーキン醬油とAPUの学生プロジェクトチームが手を携えてハラール醤油の開発に成功しました。この商品は、ムスリムの人たちだけではなく日本人にも大変おいしいと評判になっています」と紹介する。APUの取り組みは大分県が進める「おおいた留学生スタートアップ支援」事業などと連動しながら、地域経済にも年間約200億円もの波及効果をもたらしている。
そして、「APU起業部」発足から1年たった2019年6月、東京丸の内のAPU東京キャンパスで「APU起業部」活動報告会が行われた。キックオフから1年。選考を経て選ばれた11ヵ国31組43名が1期生として活動した。すでに3組が起業し、着実に実績を残している。活動報告会では、起業した学生1名、起業準備中の学生3名が活動報告を行った。
出口学長は「起業したいという学生たちの熱い思いが実を結びつつあります。ただのビジネスを立ち上げるのではなく、地域やアジアとの共生・協働が大切だと思います」という。
APUのプロジェクトは、地元大分から、九州全域・全国へと広がりを見せている。2019年1月には、国内の大学として初めて「国立公園オフィシャルパートナー」となった。1月21日には東京霞が関の環境省で締結式が行われ、阿蘇くじゅう国立公園における多彩なプロジェクトを進めることになった。具体的には、①観光客を対象とした意識調査、②野生動物を対象とした観光やその他の観光政策・プログラムの提言と実施、③観光開発とデスティネーションに関する研究開発の実施・提言、④国立公園への理解と関心を深めるための人材開発など。
ここでも「大分県すべての市町村と協力協定を締結済。地元と連携しながら、阿蘇くじゅう国立公園を活性化するために、APUの学生たちが活躍するという時代を迎えました」と、出口学長は話す。
留学生の視点から大分の魅力を探る
さらに、「国立公園オフィシャルパートナー」締結後、新しい試みとして、NHK大分放送局、J:COM大分ケーブルテレコムとの初の共同制作番組「APU×おおいた」が実を結んだ。「留学生の目に大分の姿はどう映っているのか。県内に住み、各地を旅することで大分のどんなところに魅力を感じるのか。日本人では決して気づくことのできない新たな視点があると思います。留学生たちの視点には外国人旅行者を増やし、もてなすためのヒントが詰まっていると考えています」(出口学長)と、APUの取り組みはインバウンドに焦点を合わせている。既に2022年の開設を目指して、観光系学部を新設するというプロジェクトも始動している。
2019年3月のパイロット放送では、ウズベキスタン出身のナズミフさん(APU2回生)とグラミラさん(APU4回生)の姉妹が別府の街を散策。2人が気に入っている喫茶店やハラールフードの店を紹介した。リポーターはAPU卒業生で大分テレコムの西村文佳さんが務めた。
APUは、THE(タイムズハイヤーエデュケーション)による大学ランキング日本版で、2年連続して「西日本私大No.1」「全国次第トップ5入り」を果たしている。これには、2つの国際認証すなわち、TedQual(国連世界観光機構[UNWTO]による観光学教育の国際認証)と、AACSB(世界水準のマネジメント教育を提供する教育機関へ与えられる国際認証)を取得していることが大きい。TedQualは、国内でわずか2校、AACSBは4校、双方を持っている大学はAPUだけだ。
創・学・育の3テーマで
九州経済連合会と産学連携
九州の経済界との連携強化も、実践型産学連携を目指すAPUにとっては意義のあるプロジェクト。出口学長は「今年4月、九州経済連合会の麻生泰会長をAPUへお招きし、実践型産学プロジェクトを推進するための連携協定を調印しました。九経連会員の約1000社と手を携えて、九州の一層の活性化のために役立ちたい。APUの学生と『相思相愛』の企業をマッチングさせるためにも、これから具体的に動き出します」と語った。
連携協定に基づき、①創=グローバルビジネス加速化、②学=九州の内なるグルーバル化、③育=次世代リーダー育成の「創・学・育」の3テーマで産学連携を進める。具体的にはインターシップの機会創出、九州企業の人材の国際適応能力の向上、学生による九州の観光情報発信、コラボ商品開発などによって、地域経済の振興と国際的な人材育成にチャレンジする。
社会人教育プログラムによる
人材のグローバル化を
グローバル展開を目指す企業の課題となっているのが、多文化適応力を持つグローバル人材の育成。APUでは2011年から社会で働く人材のグルーバル化養成を目指すプログラム「GCEP」を実施していたが、2019年7月からは最前線で活躍するグローバルビジネスパーソンを対象としたプログラム「GCEPエクスプレス」をスタートする。このプログラムでは、講義、ディスカッション、プレゼンテーションの3段階を経て多文化環境のビジネススキル、コミュニケーションスキルを身につける。なかでもAPUの多様な国・地域からの留学生とのグループワークを通して実際に多文化コミュニケーションを経験できることが大きな利点となっている。
「企業内の再教育、リカレント教育の一環として『逆インターン』を積極的に受け入れたい。大学と社会を行き来することが、これからのグローバル社会での働き方の主流になるのではないか」と出口学長は思いを語った。APUが創る学びの「出口」が、大分という地域社会がアジア・全世界へとつながるための大きな「入口」を開いた。
- 出口 治明(でぐち・はるあき)
- 立命館アジア太平洋大学(APU)学長、学校法人立命館 副総長・理事
月刊「事業構想」購読会員登録で
全てご覧いただくことができます。
今すぐ無料トライアルに登録しよう!
初月無料トライアル!
- 雑誌「月刊事業構想」を送料無料でお届け
- バックナンバー含む、オリジナル記事9,000本以上が読み放題
- フォーラム・セミナーなどイベントに優先的にご招待
- 無料トライアル
お申し込み - 会員の方は
こちらからログイン
※無料体験後は自動的に有料購読に移行します。無料期間内に解約しても解約金は発生しません。